にがてなもの
- 2009/12/10(木) 13:57:05
みたらし団子との付き合い方について悩んでいる。
食べられないなんてこともなく、
まずいとも思わないんだけど。
「甘いの? しょっぱいの?」
甘いものとして食べればいいのか、辛いものとして食べればいいのか、判断がつかない。
同じカテゴリでは、醤油砂糖のお餅とか、お煎餅(ぽたぽた焼とか雪の宿とか)も難しい。
ほかに悩ましいものといえば、豆の煮物(甘いやつ)。
あんこや甘納豆は食べられるし、味自体も嫌いではない、のだが、
これが食卓にでると「おかず?」と首を捻ってしまう。
先日、この話を友人にしたら、
「デザートだと思えばいいんだよ☆」と返された。
目からうろこすぎる。
という訳で、こんごは私の中で、豆の煮物はデザート扱いとします。
みたらし団子も名店の逸品とか食べたら意識が変わるんだろうか。
タバサの布
- 2009/11/28(土) 17:36:03
そんなわけで、PC再セットアップ開始
- 2009/11/23(月) 11:31:50
動きが怪しいので見切りでPC再セットアップ準備開始。
現在バックアップしときたいデータの量は10GB。
USBメモリとかSDメモリがあるからそれを使う予定。
HDD120GBあって、10GBしか使ってないのに異音してる。もったいない。
なんだかなぁ。
Thunderbirdのメールのバックアップ取得方法について悩む。
って思ったら、
http://backup.hikaq.com/backup/mail-backup.html#Thunderbird
プロファイル丸写しでいいんだ。
いや全部は要らないんですが。
お気に入りとメールとデータをバックアップ開始する。
完了後HDD換装。
OS再インストール開始。
アンチウィルスソフト入れてWindowsUpdateしたら1日終わりそう。
Officeとかその辺は明日以降ということにしよう。
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Blogって便利だね。
- 2009/11/22(日) 16:13:21
パソがまた不調です。
正確に言うと、起動時にHDDがありえない異音を立てる。
1年ちょっと前に買い換えたんだけどなぁ。
http://sopacho.dtiblog.com/blog-entry-69.html
そのときにHDDと換装とかしたメモ。
初期:
ST960812A
容量:60GB 回転数:4200rpm キャッシュ:8MB インターフェイス:Ultra ATA100 厚さ:9.5mm
買換:
HTS541612J9AT00 (120G 9.5mm) 5,180 〜 (全23店舗) HGST(日立IBM)
容量:120GB 回転数:5400rpm キャッシュ:8MB インターフェイス:Ultra ATA100 厚さ:9.5mm
同製品はないけど、同等ならありそう。
履歴あると便利だけど、そもそも壊れなくていいよ。
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Life On The Planet
- 2009/11/17(火) 22:28:32
11月13日のことである。
Life On The Planet
http://kawasaki-ac.jp/theater-archive/091113/
白地に麦の穂が丸く映るきれいなパンフレットには、あらすじは記載されていない。
代わりに、こんな言葉が記載されていた。
太陽のないバイオスフィア
阿部初美
四角い箱のような部屋、オレンジ色の人工光に照らされた稲穂が四隅までぎっしりと植えられている。
こんな光景に出会ったのは、06年、『アトミック・サバイバー』という作品の製作中、核燃料再処理工場の取材で訪れた、青森県六ヶ所村の「環境科学技術研究所」の一角にある人工閉鎖空間だった。そこではNASAの協力のもとに、人間の生活に必要な空気や水、光、食べ物などのすべてが人工的に作りだされ、かつてヒトの長期滞在が試みられていた。
なぜ、なんのために。
ここでわたしが見たものは、ある未来の断片なのだろうか?
Life On The Planet は、この人工閉鎖空間から着想した作品である。
古くはSF。宇宙空間でのコロニーの生活。
近年では嵐の山荘ものの密室ミステリ。
閉じられた環境の中だけでヒトが生きられる不思議。
ミステリファンもSFファンもどちらも大好きな設定。
よくある設定だけど、実在する施設から着想された、という点に惹かれ、見に行ってきた。
舞台は上下に分断されている。
下は並べられたテーブルの上にシャーレが等間隔に置かれている。
シャーレの中では、貝割れかスプラウトか何かが育っている。
端のテーブルには3つのモニタ。
舞台上左端と、舞台上右端、舞台下部に設置されているらしいカメラの映像が映っている。
舞台上右端にはベッド、車いす、イス。
老人が一人体を横たえている。
ヒールの足音が響く。
舞台上左端にはベッド。
舞台上の左端と右端には段差が少しだけあり、間には黒い網目のスクリーンが下がっている。
舞台は3つの空間に区切られている。
ワンピースの女が、舞台下を歩く。
客席からみると舞台上部の床の陰となり、女の顔は見えない。足音が響くのみ。
当日、劇場で配布されたパンフレットに、こう記されていた。
未来の人工閉鎖空間で
初めて死を迎える年老いた作家
介護する女
女は作家の亡き妻に似ている
初めて産む女
種となる男
人類の新しい歴史の管理人
これらの人々の光景は作家のつむいだ夢の断片かもしれない
また、演出家は「現実から未来へ」の中でこう記載している。
起承転結のある物語ではなく、ある未来のイメージの断片をつないだ、詩や夢のような作品である。
結論から言えば「始まって5分で後悔した作品」でした。
引用が多く、話が分断されており、「結局オチがないんだよね」と分かってるが故に、意味がないと知っているが故に、繰り返されるイメージをみることに苦痛を感じました。
芸術を知っている人には、おもしろい作品なのかもしれませんが、辛かった。
作家と介護する女性のすれ違いとか、産む女と種の男(それにしても直接的表現)とか、管理人の学芸案内のようなナレーションはおもしろかったです。
でもそれは、1時間以上の集中力が続くものではなかったです。
「引き」という単語があります。
「この先どうなるんだろう」という興味を惹くもの。
物語において、大前提となる引きは、「オチはどうなるんだろう」というものだな、と思いました。これがないと、個々のネタで勝負せざるを得ない。
だけど、個々のネタがあっても「どうせオチないんだよね」と感じてしまえば辛い。(個々のネタが紺とのようにおもしろかったり、興味深いエピソードであるならば別ですが)
物語を作るものは「私はこう思っています」と示して欲しいと、とても強く感じました。投げた結果、どう受け取るかはまた別の話で。
今回の演出をされている方は、ドキュメンタリー演劇の旗手・阿部初美さんという方だそうです。
もしかしたら、ドキュメンタリーの文法で、フィクションを演出されたのかもしれない、と思いました。
(演出家さんの問題というより、脚本家さんの問題という気もするけど)
ドキュメンタリー、つまり、実際に起きた出来事ならば、オチはありません。登場人物は生きていたり、まだ続いています。
また「ドキュメンタリーである」というただ一点においてのみ、リアリティがあり、説得力があります。
また、ドキュメンタリーの場合、その対象の「人」あるいは「ことがら」に興味のある人が見に来るわけです。最後まで見る理由がそこにはある。
(残念ながら、この演出家さんの別の作品を見たことはないので、完璧な予測でしかありませんが)
しかしながら、フィクションの場合は「リアリティ」がなければ、荒唐無稽な寝言は寝て言えになってしまう。「ああ作りごとなのね」と、見ていてしらけてしまう。
不思議なことに、フィクションの方が、リアリティを要求されるのかもしれません。
観劇が終わった後、Sさんとお茶をしながら「つまらない作品の方が話が盛り上がるね」という話がでてきました。
面白い作品は「面白かった」で終わってしまうけど、つまらない作品は「それでもここは面白かった」「なんでこうなってしまったんだろう」「こうすれば面白かったのに」と、話の種が尽きないからかもしれない。
いろいろ考えるきっかけになったけど、話し合ったり考えたり面白かったけど。単体としては微妙。
私は単純に楽しめる作品が好きだということがよくわかりました。
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